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2010年08月24日 (火)
「ね、待ってって! ねぇっ!」
あたしたちのちょっと普通じゃない様子に、通りすがった人のうち何人かが驚いた顔をして、でもすぐに目をそらした。中にはあたしと目が合って、問いかけるような視線でしばらく見送った人もいたけど、でも仕事終わりのサラリーマンみたいな人には、殺気立った昇り竜の背中を呼び止める勇気はなかったみたい。
まぁさすがに、こればっかりはムリもないかな。世の中には怖い事件がいっぱいあるもんね。関わらずに済むならそうしたいと思うのが人情よね。
「もうっ! ちょっとってばっ!」
返事もないままどんどん通りを抜けて、そして急にするんと角を曲がった。商業ビルの横の小さな通りを入って、街路樹の陰で見えなかったさらに細い通りに踏み込む。人がふたり並んで通れないくらいの、ブロック塀で囲まれた狭い空間でようやく立ち止まる。あたしが大きく息を吐くより早く、大きな影が覆いかぶさるように手を伸ばしてきた。
「やっ、くるし……っ」
鼻を押し潰そうとしてるみたいに胸の中に抱き込まれて、息もできない。もごもごと上半身をねじって、なんとか顔回りの空間を確保した。真上からの視線に首をひねって顔を上げると、キャップの影にあったのは、よく知ってる人の、見たことのない表情。
「せんせ……、なんで?」
あまりにも教師らしくない私服と爆発音付きの恐怖の登場に、一目では見分けられなかったけど、でもさすがに目の前で揺れる大きな背中が誰かはすぐにわかった。ママとパパを除けば、人生で二番目に長く見つめた背中だから。
それでもわからないのは、どうして先生が今ここにいるのか、あたしを抱きしめているのか。だってあたしは、先生のこと、電話もメールも無視したのに。
「なにが、なんで、だ。この、大バカヤロー、がっ」
苦しそうに何度も息継ぎをしながら、藤元先生はあたしを睨みつけた。息ができなくなるくらいの力でぎゅうっと抱きしめられる。目の前の、汗の浮いた肌と響いてくる心臓の音。あたし以上の速さでドクドク動く、その音が振動になって耳に伝わってくる。
「ホントに、おまえは、おまえだけは、どこまで手間かけさせりゃ気が済むんだっ!」
そのとき、先生の目が潤んでいたように見えたのは、さすがに気のせいだと思う。
-つづく-
あたしたちのちょっと普通じゃない様子に、通りすがった人のうち何人かが驚いた顔をして、でもすぐに目をそらした。中にはあたしと目が合って、問いかけるような視線でしばらく見送った人もいたけど、でも仕事終わりのサラリーマンみたいな人には、殺気立った昇り竜の背中を呼び止める勇気はなかったみたい。
まぁさすがに、こればっかりはムリもないかな。世の中には怖い事件がいっぱいあるもんね。関わらずに済むならそうしたいと思うのが人情よね。
「もうっ! ちょっとってばっ!」
返事もないままどんどん通りを抜けて、そして急にするんと角を曲がった。商業ビルの横の小さな通りを入って、街路樹の陰で見えなかったさらに細い通りに踏み込む。人がふたり並んで通れないくらいの、ブロック塀で囲まれた狭い空間でようやく立ち止まる。あたしが大きく息を吐くより早く、大きな影が覆いかぶさるように手を伸ばしてきた。
「やっ、くるし……っ」
鼻を押し潰そうとしてるみたいに胸の中に抱き込まれて、息もできない。もごもごと上半身をねじって、なんとか顔回りの空間を確保した。真上からの視線に首をひねって顔を上げると、キャップの影にあったのは、よく知ってる人の、見たことのない表情。
「せんせ……、なんで?」
あまりにも教師らしくない私服と爆発音付きの恐怖の登場に、一目では見分けられなかったけど、でもさすがに目の前で揺れる大きな背中が誰かはすぐにわかった。ママとパパを除けば、人生で二番目に長く見つめた背中だから。
それでもわからないのは、どうして先生が今ここにいるのか、あたしを抱きしめているのか。だってあたしは、先生のこと、電話もメールも無視したのに。
「なにが、なんで、だ。この、大バカヤロー、がっ」
苦しそうに何度も息継ぎをしながら、藤元先生はあたしを睨みつけた。息ができなくなるくらいの力でぎゅうっと抱きしめられる。目の前の、汗の浮いた肌と響いてくる心臓の音。あたし以上の速さでドクドク動く、その音が振動になって耳に伝わってくる。
「ホントに、おまえは、おまえだけは、どこまで手間かけさせりゃ気が済むんだっ!」
そのとき、先生の目が潤んでいたように見えたのは、さすがに気のせいだと思う。
-つづく-
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