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2007年03月05日 (月)
そうか、あの人。
達也が持ってきた鞄の中身を引きずり出しながら理香は頷いた。
あの人、ここのフロアのドアを開けてくれた人だわ。顔までちゃんと見てなかったからすぐに思い出せなかったけど、でもあの体型は、多分。
落ちてきた髪を無意識に耳に掛けながら、理香は空になった鞄を脇に避けた。
シーツの上には、女性物の下着が一揃い。濃グレイのパンツスーツと衿にフリルのついた白のブラウス、そして黒のローヒールのパンプス。ご丁寧に、ブラシと小さな鏡と、花をかたどったライトストーンの付いた髪留めまでが入っていた。
「ここまで気が付くのは、逆に厭味だけど」
筒状に固く丸められた布が三つ、半透明のナイロン袋に入っていた。総務課に居た理香は、お偉いさん同士の交流や契約の場として存在する社内ラウンジ用にと、発注の伝票を書いたこともある。飲食店などでも日常的に使われる、いわゆるおしぼりと呼ばれるものだった。
使うけどさ。ありがたく、使わせてもらうけどさ。
ブツブツ呟きながら理香は薄いパッケージを破った。かすかにぬくもりを残した硬いハンカチ大の木綿の布を広げ、数秒戸惑ってから、ドアに背を向けるように壁に向かって毛布を落とした。
ひざ立ちをし、不快感を訴える箇所を真っ先に拭う。真っ白な布地に付着した、ねっとりとした粘液の正体にはわざと眼をそらし、汚れた部分が見えにくいように内側に丸めてナイロン袋に戻した。入れ替わりに取り出したもう一枚で、下腹部全体から下肢へと丁寧に拭っていく。どこかがヒリヒリと痛んだが、理香はそれを敢えて無視した。残りの一枚で顔と胸元を清め、破れたパッケージと一緒に元のナイロン袋へ入れる。
「これってサイズ合うんでしょうね」
文句を言いながら下着をブラウスをそしてスーツを、ややおぼつかない手つきで身に着けて行く。それでなくとも理香はそれほど手早い方ではない。髪にブラシを通すまでに優に十五分以上を費やし、それでもなんとかコンコルドタイプの髪留めでまとめた髪をぱちりとはさんで、そして大きく息をついた。
どうせなら、化粧品とかも一緒に入れておいてくれればよかったのに。
理香は深く溜息をつきながら内心で呟いた。
きれいにしておきたいとかそう見られたいとか、そんな積極的な考えでは決してない。時間稼ぎをしたいだけだった。ただ、このドアを開けたくないだけだった。このドアの先へと歩きたくないだけだった。その先にあるであろう現実を知りたくないだけだった。
だって、いるんだよ。
ぎゅっと眉をひそめて理香は唇を噛んだ。
――このドアの向こうに……いるんだよ……。
それでも他の選択がないこともわかっていた。溜息をつきながら理香は立ち上がり、黒いパンプスを履いて、そしてドアノブに手をかけた。
-つづく-
達也が持ってきた鞄の中身を引きずり出しながら理香は頷いた。
あの人、ここのフロアのドアを開けてくれた人だわ。顔までちゃんと見てなかったからすぐに思い出せなかったけど、でもあの体型は、多分。
落ちてきた髪を無意識に耳に掛けながら、理香は空になった鞄を脇に避けた。
シーツの上には、女性物の下着が一揃い。濃グレイのパンツスーツと衿にフリルのついた白のブラウス、そして黒のローヒールのパンプス。ご丁寧に、ブラシと小さな鏡と、花をかたどったライトストーンの付いた髪留めまでが入っていた。
「ここまで気が付くのは、逆に厭味だけど」
筒状に固く丸められた布が三つ、半透明のナイロン袋に入っていた。総務課に居た理香は、お偉いさん同士の交流や契約の場として存在する社内ラウンジ用にと、発注の伝票を書いたこともある。飲食店などでも日常的に使われる、いわゆるおしぼりと呼ばれるものだった。
使うけどさ。ありがたく、使わせてもらうけどさ。
ブツブツ呟きながら理香は薄いパッケージを破った。かすかにぬくもりを残した硬いハンカチ大の木綿の布を広げ、数秒戸惑ってから、ドアに背を向けるように壁に向かって毛布を落とした。
ひざ立ちをし、不快感を訴える箇所を真っ先に拭う。真っ白な布地に付着した、ねっとりとした粘液の正体にはわざと眼をそらし、汚れた部分が見えにくいように内側に丸めてナイロン袋に戻した。入れ替わりに取り出したもう一枚で、下腹部全体から下肢へと丁寧に拭っていく。どこかがヒリヒリと痛んだが、理香はそれを敢えて無視した。残りの一枚で顔と胸元を清め、破れたパッケージと一緒に元のナイロン袋へ入れる。
「これってサイズ合うんでしょうね」
文句を言いながら下着をブラウスをそしてスーツを、ややおぼつかない手つきで身に着けて行く。それでなくとも理香はそれほど手早い方ではない。髪にブラシを通すまでに優に十五分以上を費やし、それでもなんとかコンコルドタイプの髪留めでまとめた髪をぱちりとはさんで、そして大きく息をついた。
どうせなら、化粧品とかも一緒に入れておいてくれればよかったのに。
理香は深く溜息をつきながら内心で呟いた。
きれいにしておきたいとかそう見られたいとか、そんな積極的な考えでは決してない。時間稼ぎをしたいだけだった。ただ、このドアを開けたくないだけだった。このドアの先へと歩きたくないだけだった。その先にあるであろう現実を知りたくないだけだった。
だって、いるんだよ。
ぎゅっと眉をひそめて理香は唇を噛んだ。
――このドアの向こうに……いるんだよ……。
それでも他の選択がないこともわかっていた。溜息をつきながら理香は立ち上がり、黒いパンプスを履いて、そしてドアノブに手をかけた。
-つづく-
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